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血のメーデー事件
昭和27年5月1日東京の明治公園で労働者の祭典であるメーデーが行われた。約1万人のデモ隊が前年からメーデー会場として使用禁止されていた皇居前の広場に入り警官隊と激しい乱闘になった。この結果デモ隊側に2人の死者と多くの負傷者を出した。講和条約、安保条約への不満や当
時国会にかけられていた破壊活動防止法への反対などが背景にあったが、この事件をきっかけに政府は一層「逆コース」などと云われる政策を強める傾向や国内の対立が激しくなっていった。
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もく星号が遭難、誤報による混乱
昭和27年4月9日付けの新聞夕刊上で、日本航空の「もく星号」が浜名湖西の海上に不時着、米軍救助隊により全員救助の報道がなされた。翌10日、新聞各紙は一転して、機体なお発見せずと報じ、米軍も救助報告なしと態度を変えた。そして10日夕刊で遭難機、三原山で発見、乗員乗客41名全員死亡の報がなされた。翌11日には、その飛行機がもともと故障が多かったとか、レーダーがついていなかったためとか報道された。しかし真相は、アメリカ軍機が撃墜したのである。この真相は決して日本のマスコミで報道されることはなかった。
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明神礁爆発
昭和27年9月17日、カツオ船「第十一明神丸」が伊豆七島青ヶ島の南方60kmにあるベヨネーズ岩礁付近で海底火山が爆発し、2つの小島が出現するのを発見。18日、「明神礁」と命名された。調査のため23日東京湾を出港した海上保安庁水路部の「第五海洋丸」が現場で観測中、新爆発にため遭難、調査団9人、乗組員22人は全員死亡した。
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