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保守合同55年体制
昭和30年4月12日、民主党の三木武吉が保守合同の促進と提唱。
11月14日、民主、自由の両党はそれぞれ解党して、翌15日保守合同なり自由民主党を結成した。右派社会党と左派社会党が昭和26年の分裂以来再統一した。
10月13日の社会党統一大会で鈴木茂三郎委員長、浅沼稲次郎書記長を選出。
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森永粉乳中毒事件
昭和30年8月初めごろから、岡山県下で、生後4か月〜12か月の人工栄養児にコレラに似た症状を呈する原因不明の奇病が続発した。原因は森永徳島工場で生産された森永ドライミルクにあることが判明した。調査により砒素が混入していたことがわかった。被害地域は27府県におよび、死亡130人、患者1万2000人にのぼった。化学的検査を省いた人災だった。
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「紫雲丸」沈没事故
昭和30年5月11日午前6時56分、上り第8便で運航中、下り153便大型貨車運航船「宇高丸」と衝突して沈没する海難事故を引き起こした。この事故は「紫雲丸事故」と呼ばれ、修学旅行中の広島県大崎町大崎南小学校(現・大崎上島町木江小学校)の児童などを中心に死者168名を出した。1950年(昭和25年)にも衝突事故を起こしたことが報じられたことで、「死運丸」と揶揄された。事故後、引き上げられた紫雲丸は復旧され「瀬戸丸」と名を変え、その後は昭和41年の終航まで無事故で運航された。
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新潟市で大火
昭和30年10月1日午前2時25分ごろ、新潟市学校町の県教育庁の屋根裏から出火した。台風22号が佐渡沖を通過し、最大風速25の暴風で、全市停電中であった。8時間にわたり燃え続けた。1193戸が被災、損害約300億円、被災者5000人。
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松山事件
昭和30年10月18日、午前1時ごろ、宮城県松山町の農家が全焼。焼け跡から夫婦と子供二人が殺されているのが見つかった。宮城県警は殺人・放火事件として捜査したが難航し、約1ヶ月後に捜査本部を解散した。
12月2日、警察は東京にいた斉藤幸夫容疑者を別件の障害容疑で逮捕し、同房にスパイを入れ自供に追い込んだ。
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