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三億円事件時効
昭和50年12月10日、公訴時効成立。
昭和43年12月10日午前9時30分頃、会社員のボーナス約3億円(正確には2億9430万7500円)を現金輸送車で輸送中、犯人は白バイを装って輸送車を停車させ、輸送車ごと現金を奪い逃走。
犯人が残した遺留品が120点もあったことにより、犯人検挙に向けて楽観ムードがあった。 ところが遺留品はどれも普通のもので、大量生産時代の障害に突き当たり、容疑者リストには実に11万人が載り、捜査した警官延べ17万人という空前の捜査だったが結局、犯人を検挙できずに事件は時効を迎えた。
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広島カープ セ・リーグ初優勝
昭和50年10月15日、初優勝前年最下位の広島カープが球団創立26年目にして悲願のセ・リーグで初優勝。ちまたでは赤ヘルブームにわいた。
平和大通りで行われた優勝パレードはファン約30万人を集め、空前の盛り上がりを見せた。
天満屋広島店では、9月、10月に赤ヘル関連商品で1日100万円の売り上げ。シールから5万円もする選手のサイン入り銅板まで30種類。人気の中心は700円〜1,000円 の赤ヘル帽子で、1日3000個は売れた。
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日本女性エベレスト初登頂
昭和50年5月16日、日本女子登山隊が、女性として世界で初めてエベレストに登頂。隊員の中から選ばれた田部井淳子さんが、登頂に成功。
女性だけでエベレストを狙うなんてとてつもないことで、昭和46年までに20の登山隊が挑戦して成功したのは世界で6登山隊、それも男性の登山隊だけ。女性だけでエベレスト登頂など、99.9%無理だといわれていた。
昭和40年代、日本は登山ブームに沸いていた。都会のサラリーマンが山に押し寄せた。その中に、谷川岳や冬の富士に挑む女だけのチームがあった。「女子登坂クラブ」、メンバーは、20代から40代、主婦やOL、保母など、山に魅せられ、全国各地から集まった女性たちだった。その中に田部井がいた。昭和50年1月29日、出発の日を迎え、女だけのエベレスト遠征が始まった。高山病、巨大な雪崩れの恐怖と闘いながら、5月16日登頂に成功した。
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沖縄海洋博開催
昭和50年7月19日から翌51年1月18日まで、沖縄県本部半島で「海−その望ましい未来」をテーマに開催された。珊瑚礁に囲まれた海上にはシンボルのアクアポリス(人工海上都市)がおかれた。4000億円ともいわれる投資が行われたが、巨大な本土資本の進出によるインフレ、自然環境の破壊などで県民生活の不安をかきたてた。
入場者のべ348万人を集めたが、当初予定していた450万人には及ばなかった。サンフランシスコ・沖縄間の記念ヨットレース挙行。
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国際婦人年
全世界に男女平等の問題を注目させるために国連が1975年を“国際婦人年”と制定した。婦人問題に集中的に取り組む年と決定し、さらにむこう10年間に女性の地位向上に必要な施策と行動を、各国政府に呼びかけた。
“婦人年”の目標とするところは、[1]男女平等の促進、[2]経済・社会・文化の発展への婦人の参加、[3]国際友好と協力への婦人の貢献である。6月23日からメキシコで「平等・発展・平和」をスローガンに国際婦人年世界会議が開催された。
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