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東西ドイツ統一
ベルリンの壁崩壊から1年も経たない平成2年10月3日東西ドイツは正式に統一されることになった。東西ドイツの統一は両首脳が考えていたよりも、はるかに早いスピードで進められた。東ドイツにおいて最初で最後となる自由選挙が行われ、速やかに東西統一を求める勢力が勝利すると、それまでの社会主義統一党政権が主張していた東西の対等な合併ではなく、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)が東ドイツ(ドイツ民主共和国)を吸収する方式で統一が果たされることに決定した。
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日本人初の宇宙飛行
平成2年12月2日、秋山豊寛は世界ではじめてジャーナリストとしてソユーズTM-11とドッキングしたミールに乗り組み、ステーション内の日常生活を自ら経験。ミール内では秋山さん自身が被験者となり行なった睡眠実験(人間が宇宙で寝るのと地球上で寝るのとではどう違うのかを調べる実験)や、生きたニホンアマガエルの状態の観察など、さまざまな試みがなされた。
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大阪で「花の万博」
平成2年4月1日から9月30日まで183日間、大阪府大阪市の鶴見緑地で行われた国際博覧会。略称は「花の万博」「EXPO'90」。最近では、他の花博と区別するために、「大阪花博」と称する事も多い。「花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす」をテーマとし、日本を含む83カ国と55の国際機関、212企業・団体が参加した。総入場者数は約2312万人。マスコットは、花ずきんちゃん。元々は、当時の博覧会ブームに乗って、大阪市市制100周年事業として、国際博覧会ではなく国内博覧会レベルとして開催する方向で進められていた。だが、その後、国の政策とも合致し国際博覧会として進められた。準備段階では鉄ひえと言われ、民間活力導入を条件に閣議了解がなされ、その後バブル期という事もあり、民間企業からの寄付金総額は、国内で開催された国際博覧会史上最高となった。
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貴花田、史上最年少で幕内昇進
15歳で初土俵を踏んだ貴花田はトントン拍子に番付を躍進。平成2年5月、当時、北の湖の持っていた幕内昇進の最年少記録を塗り替えた。こうと決めたらテコでも動かない頑固さは新弟子時代から折り紙つき。この信念が後年「平成の大横綱」を作り上げたと言ってよい。
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