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ビートルズ・レポート
ビートルズ来日
昭和41年6月29日から7月3日まで計5日間、ビートルズは武道館公演のため、日本に滞在した。 当時の日本政府は外国の政府要人以上の厳戒態勢をしいたが、宿舎ヒルトン・ホテルからはパトカーの先導で武道館入り、ヒルトン・ホテルには常に1個中隊250名の機動隊員と、160名のガードマンが待機するというものものしさだったし、ビートルズが羽田に到着した6月29日には、羽田空港付近で一斉検問が行われ、用の無い者は全く空港付近に近づくことが出来なかったというから、ミュージシャンに対する警備としてはまず前代未聞のことだったろう。後に明らかにされたところでは、ビートルズ滞在中の警備のために動員された警察官は述べ8,370名、使われた費用は9,000万円。 武道館のコンサートでは1万人の入場者に対して2,500名の警察官が会場に配備された過剰警備が問題になった。ビートルズの4人もいわば半監禁状態にあった。

関連書籍⇒ビートルズ・レポート―話の特集 東京を狂乱させた5日間 「ビートルズ・レポート」復刻委員会
昭和ニッポン 第14巻
旅客機連続墜落
●全日空機、東京湾に墜落
 昭和41年2月4日、千歳から羽田に向かっていた全日空ボーイングB727型機が消息を断ち、東京湾の海上と水深20メートルの海底からバラバラの機体と遺体が発見された。乗客・乗員133人全員の死亡が確認された。
●カナダ太平洋航空機、羽田で着陸に失敗し爆発炎上
 昭和41年3月4日、羽田空港に着陸しようとした香港発のカナダ太平洋航空ダグラスDC8型機が、滑走路の防波堤に激突、大破した。乗っていた72人のうち、生存者はわずかに8人であった。
●英国海外航空機、富士山上空で空中分解
 昭和41年3月5日、英国海外航空(BOAC、現・英国航空)のボーイングB707型機が、富士山上空で空中分解し124人全員が死亡した。
●全日空機、松山沖で墜落
 昭和41年11月13日、大阪発松山行き全日空YS11型機が、着陸に失敗、空港冲に着陸し、乗客・乗員50人全員が命を失った。

国会の「黒い霧」
昭和41年8月5日、東京地検、自民党の田中彰治代議士が衆院決算委員長の地位を利用して、東京・虎ノ門公園跡地の国有地を手に入れた国際興業の小佐野賢治会長を脅迫したとして恐喝・詐欺容疑などで逮捕した。 また田中彰治事件の他にも、続々と不正事件が発覚し、このため佐藤首相は衆議院を解散するに至り黒い霧解散と呼ばれた。
台風26号東海地方に上陸
昭和41年9月24日に台風25号が西日本各地に大雨をもたらした後、25日未明に台風26号が静岡県の御前崎付近に上陸し、東海、関東、東北を通過して三陸沖に抜けた。全国で318人の犠牲者がでた。死者・行方不明314人。
集団チフス事件
昭和41年3月、千葉大付属病院と静岡県の社会保険三島病院で集団赤痢と腸チフスが異常発生していることがわかった。4月7日、千葉県警は千葉大付属病院の研究生(32)が細菌をばらまいたとして傷害容疑で逮捕した。
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