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三億円事件
三億円事件
昭和43年12月10日朝、東京都府中市にある東芝府中工場の従業員4600人分のボーナス2億9430万7500円が、日本信託銀行国分寺支店から現金輸送車で運ばれる途中の東京府中刑務所横で、追ってきた白バイ警官に変装した男に停車を命じられた。ダイナマイトが仕掛けてあるといって、行員4人を避難させ、輸送車を検分する仕草をみせたあと孟スピードで走り去った。「負傷者ゼロ、犯行時間3分。犯人の数は不明」という謎めいた犯罪は、人々の話題を独占した。昭和50年には刑事事件として時効が、昭和63年には民法上の時効が成立し、未解決に終わった。

関連書籍⇒三億円事件 著:一橋 文哉
金嬉老の真実
金嬉老事件
昭和43年2月20日夜、在日朝鮮人の金嬉老(キム・ヒロ、当時は「きんきろう」と呼んでいた、本名は権禧老=クォン・ヒロ、41)が静岡県清水市のクラブで借金返済をせまった暴力団幹部ら2人をライフル銃で射殺して逃走し、本川根町の寸又峡温泉の旅館で宿泊客ら13人を人質にとり、ダイナマイトを抱いて立てこもった。金嬉老は「警察官をはじめとする日本人の朝鮮人差別を告発するために事件を起こした」と訴え、生い立ちを報道陣に語った。事件は同時進行で報道され、警察側もテレビで投降を呼びかけ、蔑視発言をした警察官が謝罪するなどした。立てこもりから約88時間後の24日、記者団に紛れた捜査員に逮捕された。韓国では「差別と闘った英雄」とみなされた。殺人罪・監禁罪などで起訴された。

十勝沖地震
昭和43年5月16日午前9時50分ごろ、青森県東部と北海道南西部を中心に震度5以上の地震が襲い、午前10時20分ごろから三陸沿岸を中心に津波が襲来した。大雨で地盤がゆるんでいた青森県下のシラス地帯で被害が大きく出たほか、鉄筋コンクリート構造物の破壊、石油ストーブ転倒による出火の多発、津波によるタンカーの損傷による重油の流出など、近代的震災の各種の被害が発生し、防災対策に貴重な教訓を与えた。食事どきをはずれた昼間であったため、社会的には大きな混乱はおこらなかったが、山間部で地すべり、山くずれが各地におこり、多くの犠牲者が出た。死者46人、行方不明2人(のち、遺体で発見)重傷者121人、軽傷者550人。
日本初の心臓移植
昭和43年8月8日、札幌医大教授和田寿郎が、海でおぼれた大学生の心臓を摘出し、心臓病の青年に移植した。日本初、世界で30例目。 10月29日に患者は死亡した。その後、臓器提供者が本当に脳死状態だったのかなどの疑問が出た。12月、和田教授は殺人罪で告発された。
左腕の誇り 江夏豊自伝
江夏シーズン401奪三振の世界記録達成
入団2年目の昭和43年、江夏は、20歳でシーズン401奪三振の世界記録を樹立。江夏は、王貞治を最大のライバルと見たてており、日本タイ記録の353奪三振を狙って王から奪った。これは、同年9月13日の阪神×巨人戦で達成したもので、王の第2打席に奪っている。しかも、その後、タイ記録だけでなく、新記録も王から奪うことを決めていた江夏は、わざと王以外の打者を打たせて取り、一回りして打順が回ってきた王の第3打席で、世界記録となる354奪三振目を奪った。驚くべきことはそれだけでない。その試合は緊迫した投手戦だった。江夏が日本タイ記録・日本新記録を達成したときのスコアは0−0。普通なら敢えて打たせることなど、できる状況ではなかったのだ。さらに試合は、そのまま延長戦に入った。その延長の中でも江夏は、11回裏に自らサヨナラ打を放って勝ち星を手にしてした。

関連書籍⇒左腕の誇り 江夏豊自伝 著:江夏 豊、 波多野 勝
リバイバル1968年へ
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